木曜日の雨と月

くらしを愛する

潜ってもうひとりのわたしと出会う。

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スクランブルエッグトースト。

お休みの日の朝ごはん。

少し甘めに作ったトロトロのスクランブルエッグ、ベーコンをカンパーニュの上に乗せて。

お気に入りのカフェのメニューのまねっこ。

おいしくって至福のときです。

 

土曜日

友達と久しぶりに会って、たくさんしゃべっておいしいものも食べて。

いつもならスッキリするのになぜだかスッキリしない…。

 

日曜日

朝から眠い。

朝ごはんを食べて、家の気になっていたところを掃除して、布団乾燥機もセットして、家の中が綺麗に。

いつもならスッキリするのになぜだかスッキリしない…。

とにかく眠くてまともに座っていられないほどの眠気に襲われてお昼寝。

何とか起きて明るいうちにお気に入りの入浴剤を入れてお風呂。

おかしい、おかしいぞ…?

 

メイクを落として、湯船に浸かってぼんやりしているうちに、あぁ私、自分が思っている以上にものすごく傷ついてるんだって。 

5月末のトラブル。

なんとか自分の機嫌を取るために色々なことをしながら、切り抜けたけれど、それは表面的なことでしかなかったんだなぁ。

自分の心の声を無視しちゃってたんだね。

"成長できた部分もあった"

それもそうかもしれない。

でも、本当のところはちゃんとまだわかってなかったな。

今回のトラブルですごく裏切られた気持ちになったこと。

守ってくれると言っていたのに、実際は守るどころか突き放すような態度を取って何ら力にならない、なろうともしない姿を見て、これまでって一体なんだったんだろうって。

あれ?ついていっていいのかな?って。

え?自分に同じことが起きた時、こういうふうにされちゃうの?って、すごくこわくなった。

そして、それと同時に自分のことを守れるのも、しあわせにできるのも自分しかいないっていうことを心の真ん中に思い切り突き刺された気分。

それは傷ついて眠たくなって心を閉じたくなっちゃうよね。

わかったつもりでわかっていなかったってことを思い切り突きつけられたんだもんね。

湯船の中で自分の心の中に潜って、もうひとりの自分と話をしたような感覚。

そしたら、すーっと楽になった。

"自分のことを守れるのもしあわせにできるのも自分だけ"

ってなんだかちょっぴり寂しいような感じもするけれど、私はそれよりも私は自由な存在なんだと思えた。

自分で全部選べる。

誰にも左右されず、どこにいたって、何があったって、自分で自分のことを守ることもできるし、しあわせにしてあげることができるんだなぁって。

そして、だからこそ、大切な人と共に寄り添い合えるんだと思う。

寄りかかるのは愛ではなく依存だから。

欲しい、欲しいは不足を生むだけ。

私しか私をしあわせにできないのなら、これでもかっていうほどに満たしてあげよう。